自分はダメな人間だ、という思いが非常に強かった私ですが、最近、少しずつ変化を感じています。
例えば、TOEFLも必要な点数には足りなかったのですが、前よりも点数が上がったことに目が向けられるようになりました。
点数が足りなかった私はやっぱりダメだった、と思うのではなく、次なら点数が取れるかも、という気持ちになれたというのは前進です。
全く無関心、常に最下位の経験しかないマラソン、ランニングにも参加して、順位に関係なく家族で楽しむことができました。
理学療法士アシスタントの資格をアメリカで取ることに関しても、今までは全くやり方も分からず私なんか価値もない、と思っていたのですが、今は書類の間違いなども繰り返しながらですが手続きのスタートを切ることができました。
新しい土地で、人のネットワークも少しずつですが広げています。
以前は周りの意見や評価が常に気になって仕方なかったのですが、あまり気にしないようにすることにしました。
アメリカにいると、千差万別。マイノリティーとしての差別もいくらかは感じますが、自分は自分、と割り切れるような気がします。
40歳過ぎて今更そんなことを言っているのか。
日本の身内を裏切って出て行ったくせに。
長女としての責任はなんなんだ。
義務から逃れて楽な道を進んでいるだけだ。
世話になった恩を忘れたのか。
現実から逃げているだけだ。
たいして能力もないくせに。
生きている価値もない人間だ。
自分勝手にもほどがある。
…
こんな声が今でも聞こえてくることがあり、罪悪感にさいなまれそうになったり、自分の人生を自分なりに作っていくことへの葛藤はあります。
それでも、自分なりに少しずつ何かに挑戦したり、学んだり、単に楽しんだり、時にはぼーっとしたり、自分に正直に、自分らしい人生を生きていけたら、と思います。
短い人生、一度だけしかない人生、「誰かのため」にしろ「自分のため」にしろ、大切に生きる、というのはなかなか難しいものですね。
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